『先代旧事本紀大成経』

上之宮八坂神社

上之宮八坂神社

上之宮八坂神社
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〒551-0002
大阪府大阪市大正区三軒家東2丁目7−18
06-6551-5175

上之宮八坂神社

祭神:

素盞嗚尊
天之日穗命
應神天皇

摂社: 

姫島竜神社 「天之一根命(弁財天の一神)」
天満宮   「菅原道真」

由緒:

正保四年(1647)中村勘助の勧請と伝わる。
天正一四年(1586)から万治三年和(1660)に生きた土木技術者で、
木津勘助と呼ばれた。

木津川を開削し、勘助島(浪速区大国町)や、三軒家(大正区)の開発を行った。

大阪天満宮付近の住人の引っ越し先として姫島(大正区三軒家)で受け入れた。当初、三軒だったと云う。

豊臣秀吉から土地を安堵され、徳川時代にも引き継がれた。
寛永一八年(1641)に、幕府の米蔵を無断で開け、
その米を飢饉に苦しむ人々に施した。
その罪で島流し(一説には死罪とも伝わる)になったという人生を歩んだと伝わる。

中村勘助が京都祇園から勧請したが、
宝永四 年(1707)の大津波で被害を被り、
正徳年間(17111~1716)に富が岡と云う小高い地に遷した。
ここには姫島の地主神が祭られていた。これが姫島竜神である。

明治末期に、難波島町八坂神社、千島町天神社を合祀した。

お祭り

7月16日   夏季大祭   
10月17日 例大祭(秋季例大祭)



神社本庁 八坂神社  由緒

八坂神社は、三軒家新田の開祖中村勘助なる者、
正保四年(1647)九月朔日、京都八坂神社御分霊を勧請し、
当町丸島(三軒家東二丁目ほぼ中央に当る)に御神殿を造営し
産土大神として奉斎せらる。

宝永四年十月四日、大地震と大海嘯起こりし際、
三軒家浦新開泉尾新田の堤防決壊し田面浸水せしを以て
将来の水害を慮り、正徳年間、字室ケ岡(現在の社地)と号する
景勝の高地に御遷座し奉り、

明治四十一年七月、難波島町八坂神社(慶安四年鎮座)を合祀し、
昭和に至るも、昭和二十年の戦災により御社殿焼失いたしましたが、
昭和三十二年、復興せられ現在に至りおります。
  
以上

『神道同志会』@上之宮八坂神社(大阪市大正区)

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『神道同志会』@上之宮八坂神社(大阪市大正区)
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